ジャスミン
閑話,ジャスミン(喜び・素直・官能)
「…ッシュン!」
自分の腕にと抱いた九龍がくしゃみしたのを見て、真里野は身を任せていた壁から上体を起こす。
「大丈夫か?九龍」
そう腕に力を籠め、労わるように九龍へと尋ねた。
すると九龍は真里野の腕の中、彼を振り返って笑った後。
「ええ、大丈夫です。こうして肌を寄せていると暖かいですから」
と、自分の背にとした真里野に身を預ける。
自分の腕に寄り添うようにそうした九龍に真里野は、
少し微笑むと九龍の体を包むように彼の肩に掛かったままだった自分の胴着の前を合わせる。それごと抱きしめた。
「そうだな。こうしていると暖かい。人の体温がこんなにも気持ち良いものだとは、知らなかった」
後ろから抱きしめ、九龍の髪に顔を埋めながらそう真里野は囁く。
耳元で聞える低く聞き心地の良いその声に九龍も顔を緩めると、自分を包む真里野の体温を感じようとか、目を瞑った。
「人肌って気持ち良くて、何かほっとするんですよね」
と更にと真里野の胸に体重を預け、ふっと何かに気付くと、目を開ける。胴着に通した手を空へと伸ばした。
「…オリオン座」
「ん?」
自分の腕元でぽつりと漏らした言葉に真里野も九龍に寄せていた顔を上げる。
彼が伸ばした手が何を指すのかと彼に倣い、顔を上げた。
真里野の腕の中の九龍は、彼の肩に頭を預け…星空を見つめ、笑う。
「あれがオオイヌ座で白く輝くのは一等星のシリウス。天頂で一番明るい恒星なんですよ。
オリオン座の上は、一等星を4つと二等星1つで5角形に並べたギョシャ座で。その隣は…」
真里野に分かりやすいようにと、彼の視線に合わせゆっくりと指し示しながら、九龍は星の名前を並べていく。
まだまだ続きそうなその言葉に真里野は、目を細めると腕に力を籠めた。
「星にも詳しいのか、お主は」
初めて知った事にそうした彼の表情もあるのだと何とも幸せな気分を噛み締めるが、九龍は真里野の言葉にクスッと笑うと首を振る。
「詳しいのは冬の星座だけです。冬は空気が澄んでいて星が綺麗に見えるし、他の季節に比べて華やかだから」
自分の体を抱きしめる真里野の腕の強さに一層身を添わせながら目を瞑った。
「星の名前を覚えた時は、まさかこうして剣介さんと星を見る事になるとは思わなかったですけどね」
「そうか」
「ええ。…でも、覚えてよかったな」
「?」
「ずっと尊敬していた剣介さんに、こうして俺を見直させる事が出来たから」
「九龍…」
可愛い事を口にする、と真里野は自分の肩に乗った彼の頭に顔をすり寄せる。
先程以上に腕に力を籠め、このまま腕に抱いて自分の腕に閉じ込めてしまいたいと願った。
九龍はそんな真里野に若干の苦しさも思ったが、それ以上の暖かい感情に包まれると彼の体温を感じていた。
何もかもが、幸せだった。
「剣介さん…」
彼の名前を自分が紡げる事。
「九龍…」
彼が自分の名前を呼んでくれる事が。
本当に幸せだった。
九龍のその気持ちが伝わったように真里野は腕を緩める。
それに合わせて、九龍は真里野を振り返り…目を瞑る。二人の唇がまた星明りの下、重なる…という瞬間。
「…ッシュン!」
九龍がまたくしゃみをした。
唇に柔らかい感触を思っていた真里野はそれに肩透かしを食らったものだが、あまりのタイミングの良さに却って笑いがこみ上げてきた。
瞑っていた目を開けると笑う。
「フフッ…何時までも此処に居たら、お主が風邪をひいてしまうな。そろそろ降りるか?」
くしゃみをした九龍の方は何とも情けない思いをしながら、そう言って抱きしめてくれた彼に苦笑すると頷いた。
「…ですね。さすがに冷えてきましたし」
「だな」
もう一度お互いの体温を惜しむように抱き合い、軽くキスをすると二人は立ち上がる。
屋上の床にと散らかしていた各々の服に腕を通し、衣服を整えるが…
夜間の外に晒していた服は、体を温める前に自らの体温を奪うものに変わっていた。
寄り添って互いの体温を分け合っていた方がずっと暖かかった事を思い、二人はお互い苦笑いすると、真里野が口を開く。
「どうせなら風呂に入りに行くか?此処まで冷えたら、体を暖めて寝た方が良かろう」
「そうですね。俺、体も洗いたいし」
屋上の床に触れていた手が存外黒くなっている事に気付いた九龍がそう言うと、真里野も頷く。
「なら、入りに行くか。今の時間なら誰も居なかろう」
階段を降り、一度部屋に戻ってそれぞれに入浴道具を持って浴場に行けば、午前1時を過ぎる時刻になっていた。
真里野が口にしたようにさすがにこの時刻にここへ立ち入る者など皆無で、
お互い何時もは混み気味の脱衣所で笑い合うと先程、着たばかりの衣服を脱ぐ。
自分の脱衣籠に九龍は、持ってきたタオルやら着替えを仕舞いながら、隣で袴の紐を緩める真里野に気付くと目を止めた。
袴を脱ぐために僅かに前屈みになった彼の胸元の胴着から、彼の肌が僅かに見えるのにドキッとして、動けなくなる。
ついさっきまでそこに、その胸に顔を寄せていたのかと思うと、何とも生々しくそしてそれ以上に恥かしい。
カッと頬を染めると、九龍は真里野に気付かれないように目を伏せるが…
伏せた先では、腰に刺さったトンボを抜き、袴の半分を落とした真里野の下半身が目に入った。
半分を落とした袴の端からは、真里野の素足が上にと着られた胴着の裾から見えている。
その肌の表面ですらありありと分かる事に、今更ながら今自分が居るのは先程まで居た月下の下ではなく、
明る過ぎるくらいに明るい電灯の下だったことを思い出した。
人工灯の下で、そうして真里野に肌を晒すのかと思うと、九龍は更に動けなくなる。
真里野とこうして肩を並べて風呂に入るのは、何も今日が初めてではないのだが…
ああして肌を合わせてから改めてと入浴するのは、何とも気恥ずかしい。
冷静になって考えれば、ついさっきまで裸で…しかも外で抱き合っていたのだから、改めてそう考える事自体遅いとも言えるのだが…。
一度こうした事に気付いてしまうと、進めなくなってしまうものだった。
そうして困り果て、動けずに居た九龍に真里野は気付くと、動かしていた腕を止める。
首を傾げて尋ねた。
「どうした?九龍。具合でも悪いか?」
「あ、いえ…何でもないです」
「?九龍?」
「だ、大丈夫ですから…気にしないで下さい」
「だが…」
食い下がる真里野に、九龍は赤い顔を上げると言う。
「は、恥かしいだけです!…その、あんな事の後だから…」
「!」
その言葉に真里野もカッと頬を染めた。
「ばッ、馬鹿者。そんな事、口にするな。拙者までて、て…照れるだろうが」
「だって、剣介さん…」
頬を染め若干涙目気味に自分を見上げる顔に真里野は、息を呑むと溜息を一つ吐く。
首を振って負けを認めた。
「ああ、そんな顔するな。拙者が悪かった」
「……」
諭すように、労わるように九龍の頭に振れ、ゆっくりと撫でる。
「体が冷えているのは確かだろ?お主がどうしても拙者が居て、入り難いと言うのであれば、先に入れ。拙者はお主が上がってから入ろう」
「でもそれじゃあ、剣介さんが…」
「そう時間の掛かることでもあるまい。それに、九龍に風邪をひかれる方が拙者としても、後味が悪い」
「……」
「な、九龍?」
優しくそう言ってくれた真里野に、九龍は顔を俯かせて口を引き締めると意を決する。
真里野の目の前で上を脱ぎ捨てた。
「一緒に入りましょ?俺も、貴方に風邪をひかれる方が後味が悪いですから」
「九龍…」
「恥かしさだって…慣れちゃえば、何て事ないですよ。…多分、ね」
そう言って、真里野に九龍はウィンクした。その顔を見、真里野も腕を組むと首を振る。
「お主にはやはり敵わんな」
と笑い、彼に倣って先程の続きを辿るように自分の衣服へと手をやった。
そうしてお互い裸になり、それぞれにタオルやらを持って浴場へと入る。
何時もなら…普段の入浴時間に来れば、白い湯気が溜まっている浴場はすっかりそうした熱も引き、却って天井から冷たい雫を垂らしていた。
体に突然落ちてくるその雫にビクッと体を強張らせながら真里野は、
入り口にある洗面器と椅子を一脚持つと先に洗い場へそれを置いて、シャワーを出す。
熱いお湯を体にと当てた。
「ふぅ…」
シャワーを浴びてみると、自分が思っていた以上に体は冷えていたようで、普段なら何とも思わないお湯も若干熱く感じられる。
体にと残る倦怠感ごと洗い流すようにゆっくりとその湯を浴び、カラカラカラッ…と浴場の扉が開く音にふっと顔を向けた。
自分の後を追うように、九龍が入ってくる。
九龍は自分でさっきああ言っていたが、やはり多少の照れは拭いきれないようで、真里野の視線に気付くとはにかむように笑う。
真里野へとゆっくりと歩き出すが…。
「あっ…」
何かに気付いたのか小さな呟きを漏らすと、数歩行ったところで足を止めた。
急に止めた足に真里野もシャワーを浴びながら、眉間に皺を寄せる。
「どうした?」
怪訝そうに真里野に見つめられそう尋ねられた九龍は、慌てたように首を振って返した。
「え、えっと…な、何でもありませんッ!」
先程の押し問答のような返答に、真里野は軽く溜息を吐く。
「今度は何があった?言い難い事か?」
「……」
そうこう言っているうちに九龍は何とも言えない表情をして、その場にしゃがみ込んでしまった。
「?九龍?本当に平気か?」
驚いて、立ち上がろうとした真里野に九龍の方が慌てて、押し止める。
「良いです!来ないで下さい!」
「九龍っ…?」
自分がここで答えなければ真里野も納得しないと察すると九龍は顔を俯いて、一言に言う。
「…下がって来てて、動けないんです!」
言い終わると力が抜けたようにしゃがむどころか、ぺたりと冷たいタイルの床に腰を下ろした。
九龍の言葉に彼が何を言っているのか、真里野には一瞬分からなかったが…。
「ああ」
九龍の言いたい事に思い至ると、真里野は椅子から上げかけていた腰を下ろした。少し考えて腕を差し出す。
「九龍」
「?」
涙目の赤らめた顔を上げた九龍を招きよせた。
「こっちに来い。拙者が洗い流してやる」
「えっ…」
「そのまま落ち切るのを待つより、かき出してしまう方が早い。
それにせっかく体を暖めるために風呂に入りに来たのに、そこでは寒かろう?」
入り口から数歩というところである。
きちんと締めたはずのドアからは気圧の違いからか、隙間風が流れ込んできていた。
九龍はその風にゾゾっと寒気を感じていただけに、真里野の言葉に頷きそうになるが…。
幾ら何でもそこまで彼にはさせられない…と思うと、しゃがみ込んだまま首を振った。
「駄目です!」
「九龍…」
「だって、だってこんな事、剣介さんにさせるわけには…」
我が侭を言う子供のように床に腰を落としたままそうごねる九龍に、真里野も一つ溜息を吐くと腰にタオルを巻き、立ち上がる。
驚く顔を上げた九龍へと足を向け、座り込んでしまった彼を少し引っ張り上げるとそのまま抱え上げた。
「ッ!け、剣介さんッ!!」
「…説得している方が、時間掛かるのだから仕方あるまい」
しれっと言い、腕の中で顔を赤らめる九龍に笑った。
「こうして抱き上げてしまえば、猫みたいなものだな。髪と瞳が黒いから黒猫か」
「!」
「可愛いものだ」
からかい半分にそう言い、出しっぱなしにしていたシャワーのところまで行くと、床に下ろす。
先に椅子に座り、跨らせるようにして九龍を自分の膝に座らせた。
すっかりと真里野のペースに巻き込まれ、あれだけ恥かしがっていたのに結局は、
こうして彼の膝の上に居る自分に九龍は一つ大きく溜息を吐く。
自分を真っ直ぐに見つめ、笑い続ける真里野を軽く睨むと、拗ねるように言った。
「剣介さん。楽しんでいるでしょ?俺が照れるの」
「フッ、悪いか?お主にも原因があるのだぞ?」
「それは、そうかも知れませんが…」
『だからってこれは…』と、顔を逸らしながらポツリと漏らせば…。
真里野は九龍の背へとやった腕を組み、自分の膝上に乗せた故に見上げる形を取る九龍の顔を見て言った。
「一人でお主に、後始末させるのは忍びなかろう?事後の処理くらい拙者にさせてくれ」
「剣介さん…」
「な?」
優しく微笑まれ、そう自分を見た真里野に九龍は息を呑むと項垂れたように溜息を吐き、その首へと抱きつく。
「もう、剣介さんはずるいな。こういう時ばかり、そんな顔するんだから」
「九龍」
「…よろしくお願いします」
真里野の首から顔を僅かに上げ、微笑んだ九龍に真里野も笑い、その唇に同じものを寄せて言った。
「承知仕った」
九龍の背にシャワーを当てながら、微かに真里野は膝を開く。
それに上にと乗った九龍の膝も自然と開かれ、九龍は恥じらいを覚えて顔を俯かせるが、今の体勢では俯いた先に真里野の顔がある。
困り果てると、横を向くが…そうした九龍に真里野はクスリと口腔で笑い、横を向いて開かれた首筋に首を伸ばして口付けた。
「っ」
息を呑む九龍に一言、
「始めるぞ」
と告げ、彼の秘部へと指を入れた。
「!」
異物を入れられた衝撃に九龍は、瞬間背を反らす。
反らせば、自分の胸元が真里野の顔に当たって動悸を高鳴らせるが、首を伏せ…反らした体を抑えた。
その合間も真里野は九龍の中に入れた指を動かし、
中に引っ掛けて入り口を広げてもう一本と指を増やしながら、中に溜まる液体を外へとかき出すが…。
首を伏せたまま眉間に皺を寄せ、必死に耐えている様子の九龍に気付くと手を一旦止めた。
体に力を入れ、背を這いずる快感に耐えていた九龍は、急に止められたそれに緊張を緩める。
「はぁ…っ…?」
乱れてきた息に休みを与えるように顔を上げ、今は入れていた指も抜いてしまった真里野へ虚ろ気な眼差しで尋ねた。
真里野は九龍が見つめる横で、体の脇に垂らしたままだった九龍の両手を取って、自分の肩へと乗せる。
顔を上げ、九龍の顔を見ながら言った。
「掴まっていろ。多少は違うかもしれん」
「でも…」
「爪を立てても構わんさ。…何せお主は猫だからな」
と、からかい笑った真里野に九龍は照れ隠し半分に叫ぶが…。
「剣介さん…!」
それすら真里野の笑いを誘う以外の何物でもなくて、真里野はそんな九龍の言葉を黙らせるように膝に乗った彼の臀部を両手で包む。
硬い掌の感触を自分の肌に感じた九龍は怒鳴っていたのが、嘘のように声を途切らせた。
「…っ…」
緊張感を漂わせる九龍に笑い、真里野はまた顔を俯かせる彼の顔を顔で上げさせると、口付けながらそっとその中ほどへと指を這わす。
先程潜らせたそこへまた指を潜らせ、九龍の背に当たって肌を伝い落ちるシャワーの熱い雫に中の液体を洗い出した。
「んっ!」
真里野の口付けを受けていた九龍は自分の中で動く指に反応して、真里野の肩を握り締める。
唇を割って絡めあう舌の柔らかい感触とさわりさわりと胸に触る真里野の髪が、下半身の感覚を更に鋭利なものに変えるようで…。
背に当たるシャワーですらゾクゾクと快感へと変わっていくのを痺れて来た頭にぼんやりと感じていた。
真里野も最初こそ余裕たっぷりに九龍と唇を合わし、そうして彼の秘部を探らせていたが…重なり続ける唇に段々と興奮を覚え始める。
彼の背にやった片腕を上げて腰を抱くと、膝の先に座っていた彼を自分の元へと抱き寄せ、次にその手を上げ、九龍の後頭部へと這わせた。
九龍の背に当たるシャワーの熱いお湯を腕に浴びながら、九龍の後頭部の髪を掴み…自分へと招きよせる。
それによって二人の口付けはより深く濃いものへと変わって…。
「…ぅ…ん…」
鼻に抜ける淫靡な声が、シャワーの音と共に浴室に響く。
九龍も真里野の肩にやっていた手を、真里野の動きに合わせるように今は、彼の頭を抱えるように抱きしめるものに変えていて…。
彼の後頭部にと回った掌でその髪の毛に指を梳かせていた。
若干水気を帯びた髪は屋上で梳いた時よりずっと抵抗が強い。
それでも指の合間を抜ける感覚が、背筋を這う快感と相まって気持ち良く…梳き終わるとまた髪に潜らせて、梳きたくさせた。
「ぁ…」
九龍の中を動かしていた指を、真里野は抜くとシャワーでその指を洗い流す。
それに抱き寄せ合っていた腕をお互い緩め、唇を離すとどちらもが情欲に溺れた熱っぽい目で見詰め合っていた。
「…んっ…」
ごくりと九龍が一つ唾を飲み込む。
「九龍…」
掠れた真里野の声が響き、それに九龍は頷くと彼に誘導されるままに一旦立ち上がった。
真里野は脇に立った九龍に座っていた椅子を抜くとタイルへと腰を付き、自分の腰へと再度跨らせるように自分の脇に膝を付かせる。
さっきと同じように真里野の肩を九龍は握るとゆっくりと腰を下ろした。
近づいてくる九龍の腰の動きに合わせ、真里野は九龍の臀部へと手を這わせ、開かせると中心に自分を宛がった。
「剣介さん…」
目の前で自分を見つめる彼の名を呼ぶ。
真里野は一瞬不安そうに自分を見つめ返す九龍に笑うと片手を上げ、後頭部を引き寄せてキスをした。
「んっ…」
唇を割って深い口付けに変えながら、後頭部に上げていた腕を腰に巻きつけるとその腰を緩やかに落とさせる。
「…ッ!」
息を求めて離した九龍の口から僅かながらの悲鳴が上がり、背が反らされた。眉間に皺が寄る。
そうした九龍の表情を見、真里野も熱い彼の体内の温度に同じように眉間を寄せる一方で、更にと深く口付ける。九龍を抱いた腕に力を込めた。
「ふ…ぅ……んっ…」
やがて自分の体重も相まって真里野の腰へと体を下ろした九龍は…肩から彼の背へと腕を回し、真里野へと身を寄せる。
お互いがお互いを抱き寄せ合ったその抱擁は、まるで二人を一つにするようにぴったりと揃い、不思議な一体感をお互いに与えた。
耳に聞えるのはシャワーの音と貪りあう口付けの音。
分け合う体温が暖かう、繋がった箇所が殊更熱く感じられた。
間もなくその熱に浮かされて、それだけでは物足りなくなると焦れるように真里野は、九龍の腰を自分の腕で僅かに上げる。
「…あっ…」
自分の中に納まっていた彼をそれによって再認識した九龍は、再度襲った衝撃に真里野から口を離し、俯く。
真里野が焦れているように自分もかなりの所まで来ているのが分かる。
九龍は俯き、そんな自分を抑えようとするが…。
「…好きに動け」
「えッ…」
真里野の一言に顔を上げる。上げ先で見た真里野はまるで自分の考えている事を見透かすように、目を細めて自分を見ていた。
「好きにしていい。お主の好きに動いてみろ、九龍」
「剣介さん…」
彼の指し示す事をその言葉に分かって九龍は戸惑う。屋上で抱かれた時もずっと彼のペースで事は運んでいた。なのに今回は自分にと言う。
素直にその言葉に従えるほどまだまだ情欲に溺れきっているわけではない九龍は、
却って躊躇う気持ちの方が強かったが…このまま居るのも辛い事は確かだった。
どうしようか迷った末、少しだけと真里野が言ったように自分で腰を上げてみた。
上げてみれば当然の事ながら自分の体内にある彼がずるりと中を移動して内壁を刺激し、背を快感が走り抜ける。
「はっ」
直ぐに消えてしまったそれに一回だけ、少しだけ…と思っていた九龍は、その快感を追い求めるように少しずつ腰の動きを大きくしていく。
目を瞑り真里野の肩に手を乗せて動きやすいようにして…体に募る欲求に素直にと従っていった。
その様子に真里野も目を細める。
貪欲にそうして動く九龍の腰を支え、タイミングを合わせて腰を突き上げながら口腔の奥で笑った。
九龍の背に光っているものに気が付けば口角を上げ、名前を呼ぶ。
「九龍」
「はぁっ…はぁ…?」
息が乱れてきた九龍はそれに腰を止めると不思議そうに真里野に目を開けた。
真里野は九龍を労わるようにキスすると彼の片足を取り、そのまま座り直させる。
「ひゃぁ!」
中に真里野を咥えたまま体を反転させられた九龍は溜まったものではなく、体を駆け抜けた快感を背を反らしてやり過ごそうとするが…。
今は裏返しにされ、よつんばいにされた自分が見つめた先にあるもの何があるのか、気が付いて声を殺す。
「…け、剣介さん」
「ん?どうした、九龍?」
彼が何を言いたいか充分に分かりながら真里野は、九龍の腰に手をあてる。
「え、えっと…その…か、鏡が…」
「ああ、よく見えるだろ?」
ずくっと腰の疼きに従って、真里野は少しずつ腰を動かす。
「自分の表情が」
動きをより早めてそう言いきった真里野に九龍は確信犯だと知りながら…自分にと襲う快楽の波に眉間を寄せる。
「ッ!」
寄せた先で、そうした自分すら今は鏡に知ることになり、そんな自分から視線を逸らそうとしたが…。
俯かせようとしていた顎を真里野の腕が阻んで、顎をまた上げさせられた。
「け、剣介さん…!」
鏡に映った彼に慌てて名前を呼べば…真里野は腰を動かしながら九龍を挑戦的に見つめる。
「折角だ。顔を俯かせてはつまらなかろ?」
と、笑い…鏡の自分たちに更に見せ付けるように九龍の上半身へと両手を回した。
「えっ?」
彼が何するのか分からない九龍は、自分の胸元に回った真里野の腕に驚くが、
驚いている先で真里野は九龍の上体を起し自分の上へと跨らせる。
膝の上に抱きかかえられるように九龍は自分の背に感じる真里野の胸の温かさにドキッとしながら、ふっと目先にある鏡を見れば…。
結合部から何から丸見えになっていた。
「!」
カッと顔を赤らめ、顔を伏せる。
そうした九龍に真里野はクスッと口腔で笑うと今は、自分の口元に来た九龍に耳に唇を寄せ、後ろから愛撫した。
「っ!…け、剣介さんッ!」
胸を指の腹で刺激し、耳たぶを甘噛みする真里野に九龍はゾクゾクッと先ほど以上の快感を感じながら、
少しでもその手を止めようと名前を呼ぶが…。
「黙れ。飼い猫は主に従うものだろ?」
と、聞く耳持たず、一層九龍へと快楽を与えた。
真っ赤になりながら九龍の方も、先ほどまで一度差し迫っていたせいか…
段々と快楽に購いきれなくなって、腹を括ると背後にした真里野の後頭部に手を回す。
先程のように彼の後頭部の髪を掴みながら…絶頂へと気分を高めていった。
「…あっ…んッ!」
浴室にはシャワーの音に混じって一層、淫靡な粘着質な音と嬌声が響いていた。
「ね、剣介さん知っています?」
温くなった浴槽に二人で入り、真里野に後ろから抱かれながら九龍が口を開く。
体に残る倦怠感に身をやっしていた真里野はそれに目を開けた。
「何をだ?」
「犬って出されたもの全てを食べるんですって」
「……」
「所謂、犬食い。汚い食べ方って言われているあれは、食べれる時に食べるっていう本能なんです、犬の。
つまり、犬は本能的に食べる時には、食べる事に一生懸命になるって事ですね」
語りながら九龍は背にした真里野を振り返る。その目が存外冷たいもので、真里野は驚くと目を瞬かせた。
「例え体が受け付けなくても本能で“残す”っていう事が出来ないんですよ」
「…何が言いたいんだ?九龍」
ごくりと喉を鳴らして真里野がそう問い返すと、九龍は怒鳴るように真里野に指を突きつける。
「俺を猫って言うなら、剣介さんは俺の飼い主じゃなくて、犬です!」
「っ」
一つ溜息を吐き、九龍は首を振ると苦笑いして真里野を見つめた。
「…少しは手加減してくださいよ、全く。洗うだけっていう話だったのに、あんな……恥かしい!」
「九龍…」
怒ったような態度もそうした言葉も結局は照れ隠しだったのだと悟ると、真里野も肩を竦め、少しは謝ろうかと考えるが…。
それ以上に良い思いつきが浮ぶと、笑う。
照れるようにぷいっと横向いていたその顎を強引に捕らえ、唇を重ねた。
「んっ!」
唇を若干離し、九龍に目を細める。
「良かろう、拙者は犬だ。ならば、犬の本領を見せるだけだな」
「えっ…」
真里野の腕の中で九龍が驚いたように目を丸くする。
「ちょ、ちょっとま、待っ…ッ!」
「…遅い」
九龍の言葉に被るように真里野は、唇を寄せ九龍を抱きしめた。
「うわぁぁ…!!」
浴室には一声、悲鳴が響いたとか響かないとか。
お互いの心と体が温まりきるまで、浴場は二人の声を飲み込んでいた…―――――――
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